
ケーキの先端と西瓜の頂について
「凡ゆるものの1番美味しい部分は
尖った部分にあるのではないか」
三角にカットされたショートケーキを手にしたとき、人はどこからフォークを入れるだろう。私は迷わず、皿の中央を指すあの「一番とがった先端」を目指す。
いちごの甘酸っぱさを背負った生クリームとスポンジが、最も完璧な比率で凝縮されたあのひとくち。。
そこには、これから始まる甘美な時間のすべてが詰まっている。
西瓜だってそうだ。
大きな扇形に切り分けられた西瓜の頂点、つまり種が少なくて最も甘味が強いあの尖端。
幼い頃、そこだけを真っ先に削り取るように食べては、兄弟の目を盗んで小さくガッツポーズをしたものだ。
食べ物だけではないかもしれない。
文章の書き出し、旅の初日、新調したノートの1ページ目。
物事の尖端にはいつだって、純度の高いエネルギーが凝縮している。まだ何も濁っておらず、期待だけが100%詰まった状態。
だからこそ、私たちはそのひとくちに夢中になる。
もちろん、最後に残った一番美味しい部分を大切に食べるという美学もあるだろう。
けれど、最も状態の良い「尖り」を真っ先に味わう贅沢には、何物にも代えがたい高揚感がある。
今日もケーキの先端にフォークを刺しながら、私は確信する。美味しいものの頂点は、いつだってあの尖った場所で静かに輝いているのだと。
https://open.spotify.com/track/2pbHaKsIRuIqjZHCLpyQMv?si=GS9oeL7XT4-dWJ4b6BRkEA&utm_source=copy-link

